歩いて、休んで、休んで、休んで。
今までの私の人生を聞いて面白かったという人間はいないだろう。一部をのぞいては…。
私には小さい頃、リリという友達がいた。
リリは小学六年のとき転校してきた。そのとき私は窓際の一番後ろの席であった。私から見て、右の行には広い空間が広がっていた。休み時間になるとよく男子がふざけあう場所でもあった。
リリが転校してきたことによって、そのスペースが机一個分狭くなった。そう、リリは私の隣の席になったのである。クラスは、男女同士が隣同士に座らなければならないので、リリという女子が隣に来たことによって私を羨ましがる人がたくさんいた。
リリは明るい子だった。
自己紹介のときも一番後ろの席にも関わらずハキハキしていた。
「鈴木リリといいます!特技は運動!趣味は、うーん友達と話すことです」
リリは小柄な女の子で、ショートカットだった。リリの毛並みはシルクのようにツヤツヤ輝いていたのを覚えている。社交的で友達がすぐできた。このときの私は、地味な女子だった。休み時間していることは、読書。本の世界は他人に邪魔されず、自分の世界に入ることができるから好きだった。
けして表向きではない私は友達ができにくかった。
この日、リリは転校してきて初めて個人に話しかけた。私に話しかけたのだ。
「これからよろしくね。リリって気軽に呼んで」
「うん、分かった!リリっていい名前だねー。私もそんな名前がよかったなぁ」
私は満面の笑みで言った。第一印象が大事なのは、どの小説にも何度も書いてあった。「そんなことないよー、ユリもいい名前じゃん。お花の百合って感じだよ」
「えー、嬉しいな、ありがとう」
話していくうちに、引っ越してきた家が私の家の近くということが分かった。「うそ、そこ私の家の近くだよ」
「ほんとに?やったー、今日一緒に帰ろうよ」
「うん、いいよ」
これも数ある中の小説のパターンと同じであった。転校してきた近くのキャラクターが自分の家の近くという設定。このときの私は平凡に偽って生きていたように思う。
それから、リリとはしだいに仲良くなってきた。リリのおかげで、今まで一度も話もしたこともないクラスメイトと話す切っ掛けにもなった。
ある日、家庭訪問があった。尋ねてきた担任の先生に私は褒められた。担任の先生は、若く体育系の先生で筋肉が多くて最初は驚いたのを覚えている。筋肉があるのに、体が細く背が高い。肌もこんがり黒くて、顔も悪くない。女子からとても人気があった。
「ユリさんは最近明るくなりました。リリさんと仲良くなって、担任としては、ほっとしています」
先生は軽い笑みを見せる。「まー、そうなのですか?家では相変わらす本ばかり読んでいるのですよ」
と母。「いやいや、最近の子は家に帰るとテレビゲーム。本の方が知識も増えるし非常にいいことです。その甲斐もあって、今回の国語の点数もいいのですから」
先生は感心するように頷きながら言った。「そうですか、今後ともユリをご指導よろしくお願いします。ほら、ユリも頭下げなさい」
母に後ろから頭を軽く押された。「私も生徒に教えられることばっかりで。これからもよろしくね。ユリちゃん」
白い歯を見せ、苦笑いをした先生の姿は信頼出来るものがあった。私は軽く頷いた。
「それじゃあ、失礼します。次の生徒、リリちゃんが待っているので」
「あ、はい。お疲れ様です」
先生を玄関まで見送り、母軽くお辞儀をして、私は子供らしく手を振った。リリはあの先生といったい何を話すのだろう。少し気になったが、すぐに考えることをやめた。
先生が帰ったあとの母は上機嫌だった。「今日食べたいものは何かある?」や「本屋でも行こうか、ユリちゃんの好きな本買ってあげる」など私にとって喜ばしいことをたくさんしてくれた。
このとき本屋でハードカバーの小説を五冊ほど買ってもらったのを今でも覚えている。
純粋に嬉しかった。
次の日、学校でリリと会った。
「おはよう。昨日の家庭訪問どうだった?」
私は機嫌が良く弾む声で言った。「余り良いことは言われなかったな。友達が多いのはいいのだけど、成績のほうがね」
リリの声には元気がなかった。表情にも出でいる。リリのこんな姿は今までで初めてだったので、私は動揺した。「変なこと聞いちゃってごめんね」
私は申し訳なさそうに真面目に言った。「…あ、気にしないで。昨日はそのほかにも色々あって疲れているだけだからさ。そうだ、昼休みブランコやろう!ブランコって気分がすっきりしていいよね」
いつものリリに戻った。明るい、リリ。今日の休み時間はリリはどこかに行っていた。どこに行ったか気にはなったが、そこまで追求もしなかった。
私は静かに昨日買ってもらった小説を読んでいた。内容は、完全犯罪を試みる少年の物語であった。家族関係に大きな溝があり、少年がその家族を正常にするため完全犯罪をするという内容であった。ミステリー小説である。
約束の昼休み。
リリと一緒に校庭へ出た。乾燥した砂が埃を生み出す。
リリと会ってから雨が降っていないのを思い出した。約二ヶ月間雨が降らないなんて珍しかった。
「そういえば最近雨降っていないねー」
私はリリに話しかけた。「…え、あ、そうだね」
やはり今日のリリはどこかおかしかった。ブランコの場所に着いたが、無常にもどれも使われていて乗れなかった。「うーん、五個しかないからなー。出で来る時間も遅かったし、しょうがないか。リリ、何して遊ぶ?」
リリのほうを向いた。そのとき、強い風が吹いた。普段は垂れ下がっている髪が私もリリも舞い上がる。
リリの耳の後ろに赤紫色の大きな痣があった。他にも、首から背中にかけて切り傷のようなものがあった。
私は驚いた。
リリは私に見られたことが分かっただろうか。「何の傷?」と私は聞く勇気はなかった。いや、このような設定の小説を読んでいたとしても聞くことは出来なかっただろう。
「『切れ山』に登ろう」
ユリは指を指した。『切れ山』とは、校庭に存在する小さな盛り上がりを意味する。表面からみたら緑色の草が生えており、すがすがしい姿なのだが裏は草一本も生えていない。その裏側の土の部分を低学年が木の棒で削り、ビー玉を転がして遊んでいた。その所々削られて切れた部分から、『切れ山』と呼ばれていた。
「うん。高いところでも気分がスッキリするよね」
動揺しながらも平静を保ち続けた。私たちは表から雑草を踏みつけて登って行った。一分くらいで登れるくらい小さな盛り上がりだった。頂上に登って振り返ると、相変わらす低学年が『切れ山』を切っていた。その姿は、一種の使命感、宿命ともいえるくらい熱心なものでもあった。
『切れ山』を削っている一人の男子と目が合った。やはり低学年の男子であったが私たちより、『切れ山』を切る行為のほうに興味があるらしくすぐ目を地に戻した。
私はリリを見た。やわらかい風が吹き続けている。ちらちら見える傷に目を逸らすことが出来なかった。
「けっこう高いんだね」
リリの声は柔らかい風と同じくらい、やわらかく感じた。「ねぇ、私の秘密、観たでしょ?」
リリの声色は一変した。低く、冷たく、まるでその台詞をただ棒読みに言ったようだった。私の心臓は高鳴る。観たというべきか、観てないと偽るべきか。困惑していると、リリは私のほうを見て薄笑いを浮かべた。
今までこんなリリ見たことない。
「観てない」
恐怖が私を支配した。突発的に言ってしまった。リリは笑った。何を意味しているか分からない。
「嘘つき。昼休みしていたことを見せてあげる」
着ていたジャージの袖をまくる。「休み時間何していたと思う?」
「え…」思わず声が出た。
リリの手首には、傷があった。今も血が止まっていない。じわじわと吹き出ている。よく見るとジャージの袖が赤かった。
「血は私にとって安定剤。それを知ってしまったあなたは私にとって不安要素」
どうしたの、その一言がこんな重い言葉か想像出来なかった。それより、リリに対する私のココロの鼓動が分からなかった。
どうしたのリリ?私はリリを助けるべき…、それとも避ける…?
体が震えだす。
あなたにもこの苦しみを味合わせてやる、と言い残しリリは去っていった。
教室に歩くリリのあとには、今も止まらない血が垂れ道を作る。
最初から、私に選択のよちなどなかったのだ。
続く…↓
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