無気力な人間達[2]








 学校が終わった放課後、私はベンチに座る。

 座っている私のベンチの隣には、太った大柄な男がタバコを吸っている。恐らくサラリーマンだろう。太っているせいか、そこまでも暑くないのにスーツを脱ぎ片手でハンカチで、汗を拭う世界が印象的だ。Yシャツは、よれよれで、髪は寝癖で捩れている。

 私はこのような人間を、可哀想だと思う。
 偏見だということは解かっている。しかし、見れば見るほど可哀想だ。
 時代に流され生きているのだろうな、と私は思う。
 私はそんな時代に、消して流されたくない。裏付けるものなどないけど、そう心に決めている。


 しかし、無常なことに、私は周りからみたら、普通の女子高生だろう。
 髪もセミロングだし、ファッションにもいちを気を使っている。芸能人の話だって出来る。顔も、悪くはないと思う
 ベンチで太っている男の隣で、女の子らしく、小さく身を縮めサンドイッチを口に含める。タマゴの味が当たり前のように、タマゴの味がするのが無性に悲しかった。

 隣の男が、苦い匂いでタマゴの味を苦くする。苦いけれど、常識なタマゴの味が、非常識な味になったから、少し嬉しく思う。





 私は今朝の電車の些細な出来事を思い出す。

 私は学校に通学するため、電車に乗り、30分揺れる。
 私が通う学校は、頭が良い。ただ、それだけだ。頭が良い、馬鹿な人間が多い学校だ。当たり前のことしか言えない。オリジナリティがないと言うべきなのだろうか。
 私は、その学校に馴染めないでいる。
 いつも一人。



 今日は座る席がなかったので、ドアの傍近くの手すりに、?まっていた。
 揺れないように。
 時代からも、電車からも揺れないように。

 座っている人間たちを観る。
 ヘッドホンを聴いている人間、化粧を直している人間、読書をしている人間、腕を組み寝ている人間、友人と談笑する人間、口をあけてぽーとしている人間、携帯と睨めっこをしている人間。老女が着物の袖を直してる。様々な人間たち。


 嗚呼、いつか全員、死んでしまうのだろう。


 そう考えたとたんに、何気なく触っていた手すりに違和感を覚えた。この手すりは何人の人間が触ったのだろう。何百人、何千人・・。その中にはどんな人間がいたのだろう。

   子供、大人、サラリーマン、芸術家、アーティスト、死んだ人間、犯罪を犯すもの、殺人者までこの手すりに触っていたかもしれない。
 私は、今、この恐ろしい手すりに、触れているのだ。
 何しろ殺人者さえ触っていた可能性があるのだ。人間をナイフで刺し殺した手、絞め殺した手、嗚呼、恐ろしい。

 この冷たい銀色の棒は何を観てきたと言うのだろう。


 私は気が付く。


 待て。一番恐ろしいことは、私と同じことを考えている人間ではないか。


 私が結集してしまったら、世の中はどうなるんだろう。
 あ、[私が結集してしまったら、世の中はどうなるんだろう。]と、そこまで同じことを考えている可能性だってある。


 あああああああああ、考えるな、考えるな。
 同じことを考えるな。
 激しい嫌悪感に私は襲われた。
 もしかして、可能性の中の自分も、頭で叫んでいるのではないか。そして、考えるな、と考えているのでは・・。


 これは、非常に奇妙である。奇怪だ。


 ふふ。悲観はしない、大いに同じことを考えていていただきたい。私が、さらに上を考えればいい。
 セミロングの髪を右手で、静かに耳にかける。
 そして左手で、手すりを強く握る。





 ……で、今、こんな感じである。
 そこらにいる女子高生と変わらない。小さく女の子を演じる。
 絶望に陥る私は、絶望を当たりまえに感じる。

 そうだ、空を見よう。
 嗚呼、電柱ばかり。しかももう少しで、雨が降りそう。
 嫌だな。雨が降ったら。アイロンかけた髪が解ける。
 ・・・ほら、何処にでもいるんだ。私なんて。
 隣にいる、タバコを吸っている人間性と大して変わらない。私の、未来系。

 悔しくて、涙が出そうになる。


 顔を下げた。髪が下がり、自然と顔が隠れる。
 これが私の人生、そう悟ってしまった。若すぎる、悟り。


トントン。

トントントン。

トン。

 リズムが鳴っていた。恐らく足あとだろう。私はうな垂れているので、推測しか出来ない。


トントントン。

トントン。

トン。

 あ、止まった。

「どう生きればいいのですか?」

 男の子の声がする。ゆっくり顔をあげる。歳は私と同じくらいだろう。
 隣のサラリーマンに向って、話しかけていた。

 男は、聞こえないふりをして、タバコを灰皿にねじこみ、「ふぅ」とため息をつき、立ち上がり行ってしまった。

 男の子は、少し肩を落とした。でもまた走る。そして、聞く。

「どう生きればいいのですか?」

 また、避けられる。

 それでも男の子は、走り続け、聞き続ける。

 私にとって、その男の子は、ひどく輝いていた。希望は湧かない。でも、でも、でも。
 私と同じ。
 何をどうしていいか解からないでいる、無気力な人間。

 男の子の背中を必死で目をやった、見失いように。
 話しかけよう。

 私は、そう決心した。

 ベンチから立ち上がる。

 サンドイッチを自然と手から落とす。異質な男の子に翻弄されていた。地面に落とす。



 ふと、誰かの目線を感じた気がしたが、気にしなかった。

 男の子に駆け寄る。

「あの・・」

 私は小さな声で、いかにも女らしく話しかけた。

男の子「はい?」

私「生き方、わからないのですか」

男の子「わかっていたら、こんな行為しません」

私「私にはその行為が、あなたの生き方に私は見えます」

男の子「これはね、あそこにいる彼に言われたんだよ。やってみたらどうかって」

 男の子の指した先には、屋上からこっちを観ている人間が、小さく手を振っている。さっきの視線はこの人間から浴びさせられたものかもしれない。

男の子「君は、生き方がわからないの?」

私「はい」

じゃあ、屋上に連れて行くよ。
彼が教えてくれる。



私は黙って、男の子の後ろをついていく。不信感などなく、自然に足が動いていた。



続く



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