観えないから、ミエルモノ [1]






 不思議。
 この世には、多かれ少なかれ、不思議というものが存在する。このようなことを書いている僕も、もしかしたら不思議になるのだろうか。

 高校二年生のときまで、僕には友達がいなかった。
 いないというよりも、友達と呼べる存在はいた。
 ただ、解りあえる人間は、いなかっただけだ。


 クラスでは僕は浮いている存在だったと、よく言われる。
 まず外見が、特徴的だったせいももあるだろう。
 自分ではいたって普通としていたが、前髪がパッツンで、肌が妙に白く、二重で目が大きかった。
 一言で言ってしまえば、女らしいといえば簡単なのだろう。
 僕にとっては、外見など非常にどうでもいいことだった。

 寧ろ、人間という存在に興味を持たなかったからだ。

 僕には、人には言えない特技がある。
 言えないというより、言わない。
 人に言ってもいいのだが、捻くれた性格だ。
 「この事」を言ったとしても、大抵の人間は笑い話の一つにしかならないし、それに信じてくれないからだ。
 言うことに、意味がない。


 人の色が見える。


 ただ、それだけだ。
 自分で呟いてみても、どっかの占い師のように胡散臭い。
 だが、確実に見えるのは、事実だった。
 青や、黄や、赤。そう。まるで、信号のように色が見える。
 見えるといっても、色が見えるだけだ。
 心とか、読み取れるわけない。読み取ることが出来たら、今頃、総理大臣にでもなっているはずだ。

 それを言わないから、解り合えない人間が出てきて、次第に人間に興味がなくなってしまった。
 当然といえば、当然だと、感じてしまう。


 螺旋状に、続く日々。
 秋の匂いがした、あの日。季節が、死に行く冬に続く道。
 ドラマチックに、転校生が来た。
 担任が、ざわついたクラスの中で、呟く。

「転校生の、紫さんです」

 ご丁寧に、苗字を言ってくれなかった。
 この、うるさいクラスで言っても聞いてくれないのだ、と諦めの意志が伝わってきた。
 老いた男の教師は、もう生徒に関心ないのだろう。
 家族を養うために事務的に仕事している、といった形だ。生きがいの意味が、何処にあるのだろう。
 以前は、熱烈な教師だと誰からか聞いたことがある。

 人間に執着を持たない僕は、冷静にそう、考えている。当っているか外れているか、解らない。
 ちなみに、色は深緑。

「適当な、席に座ってください」

 紫という人間に、言った。
 紫という人間は、マスクをしていた。風邪でも引いているのだろうか。・・・・我関せず。
 だが、紫という人間は背は女性としては高く、肝が据わっているように見えた。
 こんなにうるさいクラスでも、動揺の欠片も見せなかった。髪の毛は、長く肩の辺りまであった。

 無音で堂々と歩くその姿に、クラスが一瞬、静寂という文字がぶつかる。威厳と、迫力を備え、敵陣に向う武士の姿に似ていた。
 人間に執着していない、僕でさえその姿には、目を見開いてしまった。

「おい。何だか、変な奴だな」

 後ろの、花音がこっそり話しかけてきた。
 このクラスの席は、皆自由に座っている。花音は、僕のことを、気に入っているらしい。
 花音は悪い奴ではない。世間話をする友人の人の一人だ。
 名前からして、「カノン」ロマンチックな名前だ。メロディが、聴こえてきそうな、名前。
 ちなみに色は、白。
 澄んだ雲のように、純白だ。

「どの席に座るんだろうな・・・」

 適当に話を合わせていた。
 人間というものは隅が好きな動物だ。
 これは、原始時代からの本能らしい。  本に書いてあったのを見た。つまり、隅に居れば、獣に見つかる可能性も少なく、隠れて獣を狩ることも出来るというわけだ。そして、このクラスの連中は、見事にそれに当てはまっている。なんとも、野生的。
 窓際、廊下側、後ろの席。
 すでに、全て埋まっている。
 本能に流されているのか、それとも賢いのか、ただの馬鹿なのか、やはり興味はない。

 僕は、中央に座っている。ここならクラス全体を見回すことが出来るからだ。

 紫という人間は、クラスに自分の存在を知らしめるようにゆっくりと、席を探していた。
 マスクをしているので、表情が読み取れない。
 それに、僕は、紫という人間に、そこまで興味もない。
 背伸びをした。大きな欠伸をして、睡眠をとる姿勢に入った。
 とりあえず、自分が最優先。眠いときは、眠る。眠いときは何にも興味を持たないし、もてない。机に横になって、一時間目は寝ることに、集中した。

 一時間目の終わりのチャイムの音が鳴り、花音に後ろから、つんつんと、人差し指で起こされた。
 確か二時間目は体育の授業だった。仕方なく着替えるべく、目を開けた。
 机を包むように眠っていた僕は、絶句した。


 ・・・マスクの女。
 ・・・紫という人物が、隣に座っていた。
 つんと顎をあげ、寝起きの僕を見下ろす。これは、見下されている状態になるのだろうか。


 そう。
 それが原因だった。僕の、日常が砂のようにさらさらと、崩れだした日。


 とたん、悔しくなった僕は、両目をギラっと見開いて、起きる。
 立ち上がる。さぁ、紫とやら。
 お前の色を観てやる。
 って、観えないじゃん。
 今まで、そんな人間はいなかった。このとき、僕は、絶句するしかなかった。

「ふふ。おはよう。そして、・・初めまして」

 マスクが微動に、動いている。
 僕は、絶句していたので返答することができなかった。

「・・・初めまして?」

 二回目。強迫されているようだ。
 紫もゆっくり立ち上がり、真っ直ぐな髪が長い髪がざらりと、流れる。紫も立ち上がったのだ。

 息を呑む。

 自然に、目を逸らす。クラス全員が、教室の中央に注目していた。
 これが本物の静寂というものだろう。

 右手で、マスクを外す。

 小さい口が、そこに存在していた。
 紫は、そこに存在しないものように、静かに僕に近づく。
 唇付近まで接近してきた。
 これは、大真面目な小説の話で、ドラマではない。
 この状況は、何だ。身動きできなかった。

「・・やっぱりね」

 この女、何を言い出すのだ。

「君には、匂いが、ない」

 何だよ・・、それ。
 意味が、解らない。
 しかも、紫という女、何故薄ら笑いなのだ。

 僕は一歩、下がる。

「初めました。いままで、ありがとうございました。後で香水、送ります。住所は、適当にそこら辺の人に、お聞きください」

 僕は義務的に、言った。
 意味が解らない人には、近づいては解らない。親に、小さい頃から、注意されていたし。
 そう。つまり、今日は帰ろう。さて、帰ろう。こうゆう日は、帰るに越したことはない。
 さぁ、皆さんご機嫌よう。赤さん、青さん、緑さん・・・。今日という日は、楽しかった。
 このように、明日という日が、待ち遠しくない日は、初めてです。
 さようなら。
 僕のほうが薄笑いをして、鞄を鷲掴みして、帰ることにした。そう。こうゆうときは冷静が一番だ、と思う。
 二時間目が始まるチャイムが始まると同時に、クラスの扉を開けた。
 いつもは騒がしい、クラスの色さん達の、白い目という色。
 協調性が素晴しいですよ。


 そして、まだ笑っている、色が観えない、紫さん。

 僕の理解を超えてしまった初めての人間です。おめでとうございます。

「おい、茜!!」

 遠くで花音が、ロックに叫んだ。

 違うだろ。お前はもっと、旋律を繰り返した綺麗な曲だろ?

 そう。いつだって僕は冷静だ。


 僕は茜。

 落ちる夕日の茜色は、僕の色だ。




続く…↓

[2]





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