不思議。
この世には、多かれ少なかれ、不思議というものが存在する。このようなことを書いている僕も、もしかしたら不思議になるのだろうか。
高校二年生のときまで、僕には友達がいなかった。
いないというよりも、友達と呼べる存在はいた。
ただ、解りあえる人間は、いなかっただけだ。
クラスでは僕は浮いている存在だったと、よく言われる。
まず外見が、特徴的だったせいももあるだろう。
自分ではいたって普通としていたが、前髪がパッツンで、肌が妙に白く、二重で目が大きかった。
一言で言ってしまえば、女らしいといえば簡単なのだろう。
僕にとっては、外見など非常にどうでもいいことだった。
寧ろ、人間という存在に興味を持たなかったからだ。
僕には、人には言えない特技がある。
言えないというより、言わない。
人に言ってもいいのだが、捻くれた性格だ。
「この事」を言ったとしても、大抵の人間は笑い話の一つにしかならないし、それに信じてくれないからだ。
言うことに、意味がない。
人の色が見える。
ただ、それだけだ。
自分で呟いてみても、どっかの占い師のように胡散臭い。
だが、確実に見えるのは、事実だった。
青や、黄や、赤。そう。まるで、信号のように色が見える。
見えるといっても、色が見えるだけだ。
心とか、読み取れるわけない。読み取ることが出来たら、今頃、総理大臣にでもなっているはずだ。
それを言わないから、解り合えない人間が出てきて、次第に人間に興味がなくなってしまった。
当然といえば、当然だと、感じてしまう。
螺旋状に、続く日々。
秋の匂いがした、あの日。季節が、死に行く冬に続く道。
ドラマチックに、転校生が来た。
担任が、ざわついたクラスの中で、呟く。
「転校生の、紫さんです」
ご丁寧に、苗字を言ってくれなかった。この、うるさいクラスで言っても聞いてくれないのだ、と諦めの意志が伝わってきた。
老いた男の教師は、もう生徒に関心ないのだろう。
家族を養うために事務的に仕事している、といった形だ。生きがいの意味が、何処にあるのだろう。
以前は、熱烈な教師だと誰からか聞いたことがある。
人間に執着を持たない僕は、冷静にそう、考えている。当っているか外れているか、解らない。
ちなみに、色は深緑。
「適当な、席に座ってください」
紫という人間に、言った。紫という人間は、マスクをしていた。風邪でも引いているのだろうか。・・・・我関せず。
だが、紫という人間は背は女性としては高く、肝が据わっているように見えた。
こんなにうるさいクラスでも、動揺の欠片も見せなかった。髪の毛は、長く肩の辺りまであった。
無音で堂々と歩くその姿に、クラスが一瞬、静寂という文字がぶつかる。威厳と、迫力を備え、敵陣に向う武士の姿に似ていた。
人間に執着していない、僕でさえその姿には、目を見開いてしまった。
「おい。何だか、変な奴だな」
後ろの、花音がこっそり話しかけてきた。このクラスの席は、皆自由に座っている。花音は、僕のことを、気に入っているらしい。
花音は悪い奴ではない。世間話をする友人の人の一人だ。
名前からして、「カノン」ロマンチックな名前だ。メロディが、聴こえてきそうな、名前。
ちなみに色は、白。
澄んだ雲のように、純白だ。
「どの席に座るんだろうな・・・」
適当に話を合わせていた。人間というものは隅が好きな動物だ。
これは、原始時代からの本能らしい。 本に書いてあったのを見た。つまり、隅に居れば、獣に見つかる可能性も少なく、隠れて獣を狩ることも出来るというわけだ。そして、このクラスの連中は、見事にそれに当てはまっている。なんとも、野生的。
窓際、廊下側、後ろの席。
すでに、全て埋まっている。
本能に流されているのか、それとも賢いのか、ただの馬鹿なのか、やはり興味はない。
僕は、中央に座っている。ここならクラス全体を見回すことが出来るからだ。
紫という人間は、クラスに自分の存在を知らしめるようにゆっくりと、席を探していた。
マスクをしているので、表情が読み取れない。
それに、僕は、紫という人間に、そこまで興味もない。
背伸びをした。大きな欠伸をして、睡眠をとる姿勢に入った。
とりあえず、自分が最優先。眠いときは、眠る。眠いときは何にも興味を持たないし、もてない。机に横になって、一時間目は寝ることに、集中した。
一時間目の終わりのチャイムの音が鳴り、花音に後ろから、つんつんと、人差し指で起こされた。
確か二時間目は体育の授業だった。仕方なく着替えるべく、目を開けた。
机を包むように眠っていた僕は、絶句した。
・・・マスクの女。
・・・紫という人物が、隣に座っていた。
つんと顎をあげ、寝起きの僕を見下ろす。これは、見下されている状態になるのだろうか。
そう。
それが原因だった。僕の、日常が砂のようにさらさらと、崩れだした日。
とたん、悔しくなった僕は、両目をギラっと見開いて、起きる。
立ち上がる。さぁ、紫とやら。
お前の色を観てやる。
って、観えないじゃん。
今まで、そんな人間はいなかった。このとき、僕は、絶句するしかなかった。
「ふふ。おはよう。そして、・・初めまして」
マスクが微動に、動いている。僕は、絶句していたので返答することができなかった。
「・・・初めまして?」
二回目。強迫されているようだ。紫もゆっくり立ち上がり、真っ直ぐな髪が長い髪がざらりと、流れる。紫も立ち上がったのだ。
息を呑む。
自然に、目を逸らす。クラス全員が、教室の中央に注目していた。
これが本物の静寂というものだろう。
右手で、マスクを外す。
小さい口が、そこに存在していた。
紫は、そこに存在しないものように、静かに僕に近づく。
唇付近まで接近してきた。
これは、大真面目な小説の話で、ドラマではない。
この状況は、何だ。身動きできなかった。
「・・やっぱりね」
この女、何を言い出すのだ。「君には、匂いが、ない」
何だよ・・、それ。意味が、解らない。
しかも、紫という女、何故薄ら笑いなのだ。
僕は一歩、下がる。
「初めました。いままで、ありがとうございました。後で香水、送ります。住所は、適当にそこら辺の人に、お聞きください」
僕は義務的に、言った。意味が解らない人には、近づいては解らない。親に、小さい頃から、注意されていたし。
そう。つまり、今日は帰ろう。さて、帰ろう。こうゆう日は、帰るに越したことはない。
さぁ、皆さんご機嫌よう。赤さん、青さん、緑さん・・・。今日という日は、楽しかった。
このように、明日という日が、待ち遠しくない日は、初めてです。
さようなら。
僕のほうが薄笑いをして、鞄を鷲掴みして、帰ることにした。そう。こうゆうときは冷静が一番だ、と思う。
二時間目が始まるチャイムが始まると同時に、クラスの扉を開けた。
いつもは騒がしい、クラスの色さん達の、白い目という色。
協調性が素晴しいですよ。
そして、まだ笑っている、色が観えない、紫さん。
僕の理解を超えてしまった初めての人間です。おめでとうございます。
「おい、茜!!」
遠くで花音が、ロックに叫んだ。違うだろ。お前はもっと、旋律を繰り返した綺麗な曲だろ?
そう。いつだって僕は冷静だ。
僕は茜。
落ちる夕日の茜色は、僕の色だ。
続く…↓
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