明日という日が、待ち遠しくない日は、初めて。
睡眠から、起きてしまった。
つまり、昨日から今日がきたということになる。
昨日の出会いは、あまりの衝撃的で、よく眠れてしまった。
熟睡という感覚を、久しぶりに味わった気がする。
だが、やはり学校へ歩く足取りが憂鬱だ。
紫。
観えない人間。
初めての人間。
日常だった常識が崩れた瞬間が、頭の中で何度も、ループしている。
きっと、僕は冷静を装っていただけだ。
色が観える。きっと、それだけで人間を観ていたのだ。
なんとも、情けない。不甲斐ない。
それを、紫という女に教わった。
秋の風が、冬の到来を酔わせる。
きっと、世間はこれから冬に向って酔うだろう。
クリスマスや、冬着。大晦日とか。それに踊らされ、冬休みにクラスメイト達は、計画を立てるのだろう。
暇を恐れた、人間達よ。
我を観よ、なんて心にもないことを、心から思っている。
思っているだけで、口には出さない。
皆知っているだけで、口には出さないだけだからだ。それを、言ってしまったら、楽しみが減る。
それに、友人が減るだけだから。
昨日の、協調性を持った白い目が、それを物語っている。
ここに異質な人間達がいる。マスク女。パッツン男。
皆、観ている。
あ。僕、私、観なければ、仲間から外されてしまう。
いつも、同じ。
実際は、季節なんかは、関係なくて、メディアに合わせてしまう人間達。
いつも、同じことの繰り返し。
そんなことを考えていたら、学校に着いた。
担任の深緑色の、元熱烈教師に、すれ違った。
「おはよう。茜くん」
目に皺を寄せ、にこやかに、僕に言った。緑色がじんわり、浮き出る。人間は、いつも、同じ色なわけない。
感情が出るときは、色だって変わる。
基本は深緑色なのだけど、本心を出すとその人間の本心の色が出るのだろう。
これは、顔では笑っているのだが、怒っていたのだろうな、と考えられる。
突然に帰ってしまえば、怒るのは当然だろう。
「おはようございます。昨日、母から電話がきて、父が会社で危篤状態になったらしく・・・、突然帰ってしまい、すいませんでした」
表情は変わらないが、いつもの深緑色に戻っていく。適当な嘘を付くだけで、こんな純粋に人間もいるのか、と穏やかな気持ちになる。
ペテン師とは、僕の事だ。
「大丈夫だよ。君のことは信じているから」
「ありがとうございます」
・・・。教室に入ると真相を知っている人間が全員なわけで、僕が潜入時に、静寂が浮き出た。
そして、一番最初に眼に入ったときに感じたのが、紫という女だった。
やはり、僕の隣の席だった。
色は勿論、観えない。
教室の静寂を切り裂く、花音の華麗な声が救いだった。
「おう、茜。おはようー」
そう。そうゆう声が、僕は好きなんだよ。「おはよう、花音」
周りの空気を切り裂いてくれた花音を、救ってくれた花音に、感謝の気持ちを込めていう。とても、清々しい気分だ。
嗚呼、友情とは、素晴しいものだ。
僕は花音の、いつも変わらない純白色が好きなのだ。
空気を、教室の空気を、自然に合わせ、緩やかな化学反応を起こしてくれる。
白色は何色にでも、自然に馴染むのだろうか。
「おはよう。茜・・・くん?」
はい。
何かを忘却していた気が、していた。
今日は、マスクをしていない、紫という女。
「おはよう?」
二回目。昨日と同じに、脅迫されている気分だ。
やはり貴方には、色がないのですね。
「おはようございました」
僕、昨日と同じようなことを、義務的に言う。同じような行動を、とろうと鞄を鷲掴みしようとしたとき・・・。
「ふふ」
笑われた。紫という女に。
不気味に、静かに、鮮やかに、微笑んでいる。
何。その表情・・・?
「香水、頂けるのかしら?」
クラスには、また静寂が転がり込み、僕の思考回路も、止まり。何を言えば解らなくなった。
それが、全てだった。
花音が、交じる。
「紫さんって、香水詳しいの?星の王子様って香水、知っている?」 花音・・・。恩に着る。
「知らない。貴方の匂いは、知っているけど」
花音・・・。すまない。花音は、更衣室に行ったのだろう。走り出した、花音・・・。
お前の、華麗なる旋律も、ここまでか。
かわいそうに。
おそらく、自分の「臭い」と「匂い」を、勘違いしてしまったのだろう。
一瞬、流れるような純白色が、凍ったように観えた。
「おはよう?」
三度目の脅迫を、された。「おはよう。紫さん」
花音を凍らせた女、紫。戦ってやる。
目という、弾丸を込めて、撃ち込んでやる。
紫は、匂いという盾を武器にして、防いでくるだろう。
だが、負けない。
その時、初めて「紫」と会話したことに、気が付いていなかった。
クラス全体を一足早い、冬に導いていた。
僕から観たら、一色に纏まっていた。
紫はきっと、クラスメイトの匂いを同じように、吸い取っていたのだろう。
このクラスには、秋に冬が瞬間的に来た。
走る音が、遠くから聞こえた。
「紫さん!これで、どう?!」
花音が、ロックに叫んだ。違うだろ。お前はもっと、旋律を繰り返した綺麗な曲だろ?
着替えていた花音は、クラスの冬を秋に戻して、それから・・・。
「クスッ」
紫を、一瞬だけ、笑わせた。笑う能力が、備わっているのかと、純粋に感じた。
僕のほうを観たとき、元に戻っていた。
一日が、始まった。
続く…