観えないから、ミエルモノ [2]






 明日という日が、待ち遠しくない日は、初めて。

 睡眠から、起きてしまった。
 つまり、昨日から今日がきたということになる。
 昨日の出会いは、あまりの衝撃的で、よく眠れてしまった。
 熟睡という感覚を、久しぶりに味わった気がする。

 だが、やはり学校へ歩く足取りが憂鬱だ。


 紫。
 観えない人間。
 初めての人間。


 日常だった常識が崩れた瞬間が、頭の中で何度も、ループしている。
 きっと、僕は冷静を装っていただけだ。
 色が観える。きっと、それだけで人間を観ていたのだ。
 なんとも、情けない。不甲斐ない。

 それを、紫という女に教わった。


   秋の風が、冬の到来を酔わせる。
 きっと、世間はこれから冬に向って酔うだろう。
 クリスマスや、冬着。大晦日とか。それに踊らされ、冬休みにクラスメイト達は、計画を立てるのだろう。

 暇を恐れた、人間達よ。
 我を観よ、なんて心にもないことを、心から思っている。
 思っているだけで、口には出さない。
 皆知っているだけで、口には出さないだけだからだ。それを、言ってしまったら、楽しみが減る。
 それに、友人が減るだけだから。

 昨日の、協調性を持った白い目が、それを物語っている。

 ここに異質な人間達がいる。マスク女。パッツン男。
 皆、観ている。
 あ。僕、私、観なければ、仲間から外されてしまう。

 いつも、同じ。
 実際は、季節なんかは、関係なくて、メディアに合わせてしまう人間達。
 いつも、同じことの繰り返し。


 そんなことを考えていたら、学校に着いた。
 担任の深緑色の、元熱烈教師に、すれ違った。

「おはよう。茜くん」

 目に皺を寄せ、にこやかに、僕に言った。緑色がじんわり、浮き出る。
 人間は、いつも、同じ色なわけない。
 感情が出るときは、色だって変わる。
 基本は深緑色なのだけど、本心を出すとその人間の本心の色が出るのだろう。
 これは、顔では笑っているのだが、怒っていたのだろうな、と考えられる。
 突然に帰ってしまえば、怒るのは当然だろう。

「おはようございます。昨日、母から電話がきて、父が会社で危篤状態になったらしく・・・、突然帰ってしまい、すいませんでした」

 表情は変わらないが、いつもの深緑色に戻っていく。
 適当な嘘を付くだけで、こんな純粋に人間もいるのか、と穏やかな気持ちになる。

 ペテン師とは、僕の事だ。

「大丈夫だよ。君のことは信じているから」

「ありがとうございます」

 ・・・。

 教室に入ると真相を知っている人間が全員なわけで、僕が潜入時に、静寂が浮き出た。
 そして、一番最初に眼に入ったときに感じたのが、紫という女だった。
 やはり、僕の隣の席だった。

 色は勿論、観えない。

 教室の静寂を切り裂く、花音の華麗な声が救いだった。

「おう、茜。おはようー」

 そう。そうゆう声が、僕は好きなんだよ。

「おはよう、花音」

 周りの空気を切り裂いてくれた花音を、救ってくれた花音に、感謝の気持ちを込めていう。
 とても、清々しい気分だ。
 嗚呼、友情とは、素晴しいものだ。
 僕は花音の、いつも変わらない純白色が好きなのだ。
 空気を、教室の空気を、自然に合わせ、緩やかな化学反応を起こしてくれる。
 白色は何色にでも、自然に馴染むのだろうか。


「おはよう。茜・・・くん?」


 はい。
 何かを忘却していた気が、していた。
 今日は、マスクをしていない、紫という女。

「おはよう?」

 二回目。
 昨日と同じに、脅迫されている気分だ。
 やはり貴方には、色がないのですね。

「おはようございました」

 僕、昨日と同じようなことを、義務的に言う。
 同じような行動を、とろうと鞄を鷲掴みしようとしたとき・・・。

「ふふ」

 笑われた。
 紫という女に。
 不気味に、静かに、鮮やかに、微笑んでいる。
 何。その表情・・・?

「香水、頂けるのかしら?」

 クラスには、また静寂が転がり込み、僕の思考回路も、止まり。
 何を言えば解らなくなった。
 それが、全てだった。

 花音が、交じる。
「紫さんって、香水詳しいの?星の王子様って香水、知っている?」  花音・・・。恩に着る。

「知らない。貴方の匂いは、知っているけど」

 花音・・・。すまない。

 花音は、更衣室に行ったのだろう。走り出した、花音・・・。
 お前の、華麗なる旋律も、ここまでか。
 かわいそうに。
 おそらく、自分の「臭い」と「匂い」を、勘違いしてしまったのだろう。

 一瞬、流れるような純白色が、凍ったように観えた。

「おはよう?」

 三度目の脅迫を、された。

「おはよう。紫さん」

 花音を凍らせた女、紫。
 戦ってやる。
 目という、弾丸を込めて、撃ち込んでやる。
 紫は、匂いという盾を武器にして、防いでくるだろう。

 だが、負けない。


 その時、初めて「紫」と会話したことに、気が付いていなかった。

 クラス全体を一足早い、冬に導いていた。
 僕から観たら、一色に纏まっていた。
 紫はきっと、クラスメイトの匂いを同じように、吸い取っていたのだろう。


 このクラスには、秋に冬が瞬間的に来た。
 走る音が、遠くから聞こえた。

「紫さん!これで、どう?!」

 花音が、ロックに叫んだ。

 違うだろ。お前はもっと、旋律を繰り返した綺麗な曲だろ?

 着替えていた花音は、クラスの冬を秋に戻して、それから・・・。

「クスッ」

 紫を、一瞬だけ、笑わせた。
 笑う能力が、備わっているのかと、純粋に感じた。
 僕のほうを観たとき、元に戻っていた。

 一日が、始まった。




続く…






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