青の物語 [7]






<シオン>

 黒。
 黒が、広がっていた。大きく広がっていた。その黒を包む、青い森。写真入れの淵のようだと僕は、思う。

 消えた記憶。
 消えない記憶。
 消えない、傷。
 それらを僕は、抱えている。
 隣に居る、ハルも消えない傷がある。

 座っている。残酷なまでに綺麗な砂の上に、二人して体育座りをしている。ただ、僕は空を観ていた。

「ドサッ」

 ハルが倒れた。寧ろ自分から倒れたと言ったほうが、正しいだろう。
 「ねぇ、シオン?こうしたほうが、空がよく見えるよ」

 ハルは僕のことを観ていたのだと、思う。少し、照れる。

「そうだね」

 残酷なまでに美しい、砂の上に、僕も倒れる。見える角度が変わった。

 黒。
 それは、体育座りしてみているより、大きいと感じた。
 大きすぎる、黒。

「大きいね」

 ハルはまるで僕の考えていることが分かっているような、セリフを自然に吐いた。
 僕は素直に、

「うん」

 と、答えた。嘘を言う理由もないし、純粋にハルの意見に共感したのだった。

 綺麗。そして、黒。
 ハル。
 いつも通り、ささやかに風が吹く。たそがれ、それを感じた。

「ハル」

「何?」

「いつかは僕ら、消えるの。メメント・モリって言葉、知っている?」

「うん。死を想え」

 って、意味でしょう?

「うん。捻くれている言葉だと思う。逆を言えば、明日何か起こるか解らないんだ。死ぬかもしれない。だから、今を楽しめって意味なんだ」

 ハルは、薄く、切なく、美しく笑う。

「私達は、それを忘れてしまう。でも、伝えておきたいのでしょう?」

 参ったな、と思う。
 この意味さえ、青い森に来るときは、忘れてしまうだろう。

 黒髪の艶やかの髪から、傷が見える。
 傷や罰、自己嫌悪など抱いているのだろう。そう推測する。


青い森は、きっと笑っているだろう。
こんな僕らを、観て。
それで、いいと想った。存分に笑わしてやる。

 ハルは、言った。

「シオン、好・・・」

 ハルは寝た。残酷に綺麗な、砂の上で。無造作すぎて、死体のようだと感じた。
 僕は、寝顔を、空気のように見ていた。艶やかな髪を、撫でた。手が滑る感覚だった。

 僕らは、残酷なまでに綺麗な砂を握りしめて、手を握っている。


青い森は、嫉妬した。
砂を、汚くしようと考えた。


 それでも、僕らは握っているだろう。
 汚いや綺麗など、関係ない。
 手を握っている事実が、青い森には理解できないのだろう。

 僕は、にっこりと笑う。

「ハル、好き」

 僕は、言った。小さな、独り言。
 僕らは、倒れたまま、暗黒な空を観ている。星が、一つだけ輝いていた。何等星か解らない。

「綺麗」

 ただ、呟いた。



  未来がなくても、今がある。
そう感じた、出来事だった。
そして、僕等はまた忘却する。



続く…↓

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