<シオン>
黒。
黒が、広がっていた。大きく広がっていた。その黒を包む、青い森。写真入れの淵のようだと僕は、思う。
消えた記憶。
消えない記憶。
消えない、傷。
それらを僕は、抱えている。
隣に居る、ハルも消えない傷がある。
座っている。残酷なまでに綺麗な砂の上に、二人して体育座りをしている。ただ、僕は空を観ていた。
「ドサッ」
ハルが倒れた。寧ろ自分から倒れたと言ったほうが、正しいだろう。「ねぇ、シオン?こうしたほうが、空がよく見えるよ」 ハルは僕のことを観ていたのだと、思う。少し、照れる。
「そうだね」
残酷なまでに美しい、砂の上に、僕も倒れる。見える角度が変わった。黒。
それは、体育座りしてみているより、大きいと感じた。
大きすぎる、黒。
「大きいね」
ハルはまるで僕の考えていることが分かっているような、セリフを自然に吐いた。僕は素直に、
「うん」
と、答えた。嘘を言う理由もないし、純粋にハルの意見に共感したのだった。綺麗。そして、黒。
ハル。
いつも通り、ささやかに風が吹く。たそがれ、それを感じた。
「ハル」
「何?」
「いつかは僕ら、消えるの。メメント・モリって言葉、知っている?」
「うん。死を想え」
って、意味でしょう?「うん。捻くれている言葉だと思う。逆を言えば、明日何か起こるか解らないんだ。死ぬかもしれない。だから、今を楽しめって意味なんだ」
ハルは、薄く、切なく、美しく笑う。「私達は、それを忘れてしまう。でも、伝えておきたいのでしょう?」
参ったな、と思う。この意味さえ、青い森に来るときは、忘れてしまうだろう。
黒髪の艶やかの髪から、傷が見える。
傷や罰、自己嫌悪など抱いているのだろう。そう推測する。
青い森は、きっと笑っているだろう。
こんな僕らを、観て。
それで、いいと想った。存分に笑わしてやる。
ハルは、言った。
「シオン、好・・・」
ハルは寝た。残酷に綺麗な、砂の上で。無造作すぎて、死体のようだと感じた。僕は、寝顔を、空気のように見ていた。艶やかな髪を、撫でた。手が滑る感覚だった。
僕らは、残酷なまでに綺麗な砂を握りしめて、手を握っている。
青い森は、嫉妬した。
砂を、汚くしようと考えた。
それでも、僕らは握っているだろう。
汚いや綺麗など、関係ない。
手を握っている事実が、青い森には理解できないのだろう。
僕は、にっこりと笑う。
「ハル、好き」
僕は、言った。小さな、独り言。僕らは、倒れたまま、暗黒な空を観ている。星が、一つだけ輝いていた。何等星か解らない。
「綺麗」
ただ、呟いた。未来がなくても、今がある。
そう感じた、出来事だった。
そして、僕等はまた忘却する。
続く…↓
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