<ハル>
「手を、離さないで」
シオンが言った。私は、冷静に聞き返す。「どうして?」
シオンの目は、覚えた子猫のような目をしているように見えた。そう、今にも泣き出しそうな目。「怖いんだ。忘れてしまうことが」
シオンの手は、いや身体は震えていた。本当に子猫のように思える。私は、傷を負った心で、シオンを包む。抱きしめる。
そして、私は言う。
「大丈夫。私も、怖い」
シオンの震えが、緩やかになった。私は、シオンを、観つめる。シオンは、微笑んでいた。私も、そっと微笑み返す。シオンの笑っている顔が、好きだ。青しか見えない世界。
青しか、存在しない世界。
青が、私達を包んでくれる世界。
この空間が、私は好きだ。シオンは、どう思っているのだろう。聞いてみよう。
「シオン。この森、好き?」
シオンは、小指を舐めていた。幼稚的だが真剣な表情に、貫禄を覚える。「……、好き」
シオンは小指を加えながら言った。微笑みは耐えない。私は、やはり可愛らしいと思う。ちなみに、聞いてみた。「どうしてかな?」
「……、ハルがいるから」
シオンは照れている。何故なら、俯き照れているように見える。頬が、微かに赤い。「シオン?」
子猫のように、敏感に振り向く。私とシオンは、薬を服用している。忘却してしまう薬だ。この行為すら忘れてしまうのだろう。それでも、いい。私は、私だ。でも、シオンのことは、忘れたくない。
「こっちに、来て」
猫背のシオンは、やはり猫のようだ。可愛い。「何?」
「私。シオンを抱きしめたいんだ」
シオンは、音の立てないように歩く。何に怯えているのだろうと、感じることがある。はっきり言えば、シオンは謎が多い人間だ私と、シオンの距離は五センチあるか、その程度の距離に。
シオンは、泣いていた。
私は理由を、聞かなかった。どこか解ってしまう気がしたのだ。これをテレパシーというのだろうか。
そう考えているうちに、自然と、抱きしめていた。
シオンもそっと、抱き返す。
私は、それだけで落ち着く気分になる。心を許せる人間の一人だ。
「シオン」
私は、言った。「何?」
シオンはきょとんと、している。子猫さん。母性本能を、擽る。きす、をした。
「わ。ん……ぁ」
シオンは、小さな驚きを隠せなかった。それが、さらに私の純粋なる欲情を、そそる。私のきす、を自然に受け止めた。
青い森で、赤い唇だけが淫らに、照り光る。
純粋なのか、不純なのか、考える余裕などない。そこにあるのは、事実だけ。それを、現実というのだろうか。
青い森が、私を笑っているように思えた。
長い、長い、「きす」だった。
唇がシオンの感覚がまだあるように、感じる。この記憶も、いつかは忘却という言葉で、消えてしまうのだろう。
シオンが、最初に「手を離さないで」という感覚が、今になって解った。
切なく。それでも、私達は時間を過ごしている。
心を、繋ぎたい。野生的だが、凶暴たる私がいた。
「きす」が終わったあと、静かに、そして、ゆっくりと首を絞めてみる。
シオンは、微笑む。
そして、私も微笑む。
そして、今日も終わっていく。
今度は、いつ、ここに戻るのだろう。
青い森は、やはり笑う。
月に照らされる、土が綺麗だ。触ってみる。綺麗に、手が汚れた。
シオンは、暖かく、そして冷たい。傷を、話さないからだ。それは、私も同じだ。
苦笑する。
「同じだね」
突発的に言う私のセリフに、シオンは「?」だったと思う。「シオン。好き」
「僕も。好…」
残酷な、青い物語の終わりが告げる。
忘却の中にも、真実は存在する。
続く…↓
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