<シオン>
時の失われた、青い森。
時の失った、二人。
シオンは考えていた。どうしてここに、いるのだろう。
ここには毎日、来る。場所は解らない。でも、知っている。
ここは、落ち着く場所だ。
温かい春のような、秋の木漏れ日を浴びるような、不思議な世界だ。ただ、解っているのは、夜ということだ。
シオンは座っている。土の匂いがする。地を見る。少し土を摘まむ。手が、綺麗に汚れた。森は、青い。どうして、青いのか疑問に思った。
シオンは立ち上がる。森に触れてみたかった。葉の色。樹の形。素直に疑問に思った。
カサッ。
人影の気配がした。後ろを見る。シオンはこのようなことに、敏感だ。
少女が立っていた。
「初めまして」
少女は、かすれる声で言った。シオンも言った。
「初めまして」
「僕は、シオン」
どうしてだろう。以前にも・・。「・・私は、ハル」
泣きそうな声で言った。弱い声だった。「どうかした?」
素直に尋ねてみた。森が揺れる。風に、吹かれている。
少女は酷い隈だ。きっと眠れていないのだろう。僕も寝ていない。
少女の気持ちは、少なからず理解できる。ただ、ハルは違う何かに怯えているように、感じる。
「止まらないの」
「何が、止まらないのかな?」
少し近づく。自然と頭を撫でている自分が、奇妙にすら思えた。長い髪を、猫の背中を撫でるようにゆっくりと撫でる。艶やかな髪は、滑る。微笑ましく思う。
髪を撫でたあと異様な感覚を、手の平に感じた。手の平を見てみる。赤い。鉄の匂いがする。血ということは容易に、推測できた。
なぜなら、僕も・・。
「シオン。止まらないよ。どうしたら、いいのかな?」
震えた声で、覚えた声で、僕に言う。「ハル。僕の方に来ることができるかな」
「うん」
抱きしめる。ハルの首からは、血が滴り落ちている。そして、僕に自然に付着する。
血が滴り落ちている部分を、舐めた。
「ん」
ハルは、小さな呻き声をもらした。きっと、染みたのだろう。きっと、僕の口のまわりは、ハルの血で崩れた唇のようになっていることだろう。ハルの味を感じたかった。純粋なる、動機。それ以上でもそれ以下でもない、ということだ。傷口から口を離した。抑えきれない欲が、渦を巻く。
ハルに近づく。
「きす」
を、した。ハルは自然に受け止める。やはり、血が相当出ていたのだろう。ハルの唇には、血液が付着した。「きす」という行為。それに、違和感があったのは、気のせいだろうか。
ハルの血は、まだ出ている。赤い。少し、見とれてしまった。このままにしてしまうと、いけない。だが、ここには何もない。薬も、包帯すらない。唾液には、消毒の効果があると聞いたことがある。ハルの首に、再び口をつける。まるで、吸血鬼のようだと感じた。
ハルは言う。
「ありがとう」、と。
「口を離して、どういたしまして」
と、微笑む。血が僕の口元から垂れるのが、解る。そして、口を傷口に戻す。青い森は、揺れている。話しているようだと、ハルの血を吸い、舐めながら感じた。
僕の首筋に、温かいものが垂れた。
透明な液体。次々に垂れていく。温かい。
ハルは、泣いていた。
ハルの目を見つめて、僕は血が付着した口のまま、微笑んだ。
ハルも、涙を流しながら、微笑んだ。
続く…↓
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