青の物語 [3]






<シオン>

 時の失われた、青い森。
 時の失った、二人。

 シオンは考えていた。どうしてここに、いるのだろう。
 ここには毎日、来る。場所は解らない。でも、知っている。
 ここは、落ち着く場所だ。
 温かい春のような、秋の木漏れ日を浴びるような、不思議な世界だ。ただ、解っているのは、夜ということだ。
 シオンは座っている。土の匂いがする。地を見る。少し土を摘まむ。手が、綺麗に汚れた。森は、青い。どうして、青いのか疑問に思った。

 シオンは立ち上がる。森に触れてみたかった。葉の色。樹の形。素直に疑問に思った。

 カサッ。
 人影の気配がした。後ろを見る。シオンはこのようなことに、敏感だ。
 少女が立っていた。

「初めまして」

 少女は、かすれる声で言った。
 シオンも言った。

「初めまして」

「僕は、シオン」

 どうしてだろう。以前にも・・。

「・・私は、ハル」

 泣きそうな声で言った。弱い声だった。

「どうかした?」

 素直に尋ねてみた。

 森が揺れる。風に、吹かれている。
 少女は酷い隈だ。きっと眠れていないのだろう。僕も寝ていない。
 少女の気持ちは、少なからず理解できる。ただ、ハルは違う何かに怯えているように、感じる。

「止まらないの」

「何が、止まらないのかな?」

 少し近づく。
 自然と頭を撫でている自分が、奇妙にすら思えた。長い髪を、猫の背中を撫でるようにゆっくりと撫でる。艶やかな髪は、滑る。微笑ましく思う。
 髪を撫でたあと異様な感覚を、手の平に感じた。手の平を見てみる。赤い。鉄の匂いがする。血ということは容易に、推測できた。
 なぜなら、僕も・・。

「シオン。止まらないよ。どうしたら、いいのかな?」

 震えた声で、覚えた声で、僕に言う。

「ハル。僕の方に来ることができるかな」

「うん」

 抱きしめる。
 ハルの首からは、血が滴り落ちている。そして、僕に自然に付着する。
 血が滴り落ちている部分を、舐めた。

「ん」

 ハルは、小さな呻き声をもらした。きっと、染みたのだろう。きっと、僕の口のまわりは、ハルの血で崩れた唇のようになっていることだろう。ハルの味を感じたかった。純粋なる、動機。それ以上でもそれ以下でもない、ということだ。

 傷口から口を離した。抑えきれない欲が、渦を巻く。

   ハルに近づく。

「きす」

 を、した。ハルは自然に受け止める。
 やはり、血が相当出ていたのだろう。ハルの唇には、血液が付着した。「きす」という行為。それに、違和感があったのは、気のせいだろうか。

 ハルの血は、まだ出ている。赤い。少し、見とれてしまった。このままにしてしまうと、いけない。だが、ここには何もない。薬も、包帯すらない。唾液には、消毒の効果があると聞いたことがある。ハルの首に、再び口をつける。まるで、吸血鬼のようだと感じた。

 ハルは言う。

「ありがとう」、と。

「口を離して、どういたしまして」

 と、微笑む。血が僕の口元から垂れるのが、解る。そして、口を傷口に戻す。

 青い森は、揺れている。話しているようだと、ハルの血を吸い、舐めながら感じた。
 僕の首筋に、温かいものが垂れた。

 透明な液体。次々に垂れていく。温かい。
 ハルは、泣いていた。

 ハルの目を見つめて、僕は血が付着した口のまま、微笑んだ。
 ハルも、涙を流しながら、微笑んだ。



続く…↓

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