青の物語 [2]






 二人の隈は、以前より薄い。
 だが、通常の人に比べては濃いほうだ。
 今日もまた、めぐり合う。
 必然と、偶然は隣り合わせだ。



 僕は、青い森にいる。懐かしいような、物足りないような、そんな感覚がある。
 どこに行けばいいのか迷う。見渡す限り、誰もいない。青い森だけが僕を包んでいた。
 不安と孤独が、膝を抱えさせる行為になった。
 そう。僕は、失意を感じていた。

 肩に、冷たい手が触れる。

「・・初めまして」

 長髪の女の子に話しかけられた。眼が大きく、眼の力が強いと思った。初めて会ったはずなのに、懐かしさを思えるのは何故だろう。

「初めまして・・」

 言わなければいけない言葉か、一瞬、躊躇した。
 それにしても、どこから現れたのだろう。
 僕も、青い森に来た経緯など知らなかった。気が付いたら、いたのだ。
 この女の子は、隈が酷い。
 それは、お互い様だった。
 眠れないのだろう。眠れない辛さは、僕は知っている。

「あなたの名前は?」

「僕はシオン」

「君の名前はなんていうの?」

「私は、ハル」

 ハルは話し続ける。

「シオンとは初めて、会った感じがしないな」

 ハルも同じことを考えていたのだろう。

 青い森が、カサカサと僕たちを笑うようだった。
 涼しい風が、ハルの長い髪を靡かせる。
 嗚呼、美しいと純粋に思う。
 ただ、首にある、切り傷が注目を、妙にそそる。


 シオンとは、初めて会った気がしない。
 でも、シオンのことは何も思い出すことはできない。
 もしかしたら、今日初めて会うのかもしれないし、以前会った記憶を忘却しているだけ、かもしれない。

 ただ、私達に共通していることは、酷い隈があるということだ。そして、私のポケットには、薬が4錠入っている。それが、不思議だった。
 シオンの傷を気が付かないふりをした。
 手首の傷を。

 この、青い森は落ち着く。
 癒される。
 僕たちを、包むようだ。

「シオン。シオンは眠れないの?」

 唐突に聞かれた。驚きを隠すことが出来ない。

「あ。うん」

 また、柔らかく静寂な風が吹く。その度に、ハルの、首の傷が見え隠れする。
 偏見などなかった。僕も同じようなことをしている。自分を傷つける、行為。

「ねぇ、ハル。その傷はどうしたの?」

 私、生まれつきなんだよね。

「シオンの傷は、どうしたの?」

 僕も生まれつきなんだ。


 私達は、お互い嘘を付いた。

 傷は、自分でつけている。
 それを、初対面の人に話すなんて、引かれてしまうだろう。それが怖かった。

「ハル。ところで、君は眠れないの?」

 ハルは眼を大きくした。奥二重の目が、二重の僕と重なる。

「うん。眠れない。シオンは?」

 僕も、眠れない。

 青い森は、僕たちを見ている。
 青い森は、私達を見ている。

 ハルは僕に気がづく。
 この銀色の薬、睡眠薬なんだ、といいながらポケットから取り出す。四個あるから、二つ分けてあげる。
 隈が薄くなるといいね・・。

『・・・ねぇ』

 二人は、同時に言った。

「前にも同じことしなかった、かな?」と、ハル。

「解からない」と、僕。

 この薬は、全てを忘れてしまう薬なの。二つあげる。
 今日のことも忘れるの。

「そのセリフも、聞いた覚えがあるような気がする」

 青い森が、静寂に笑う。

 銀色の袋を開けた。青い薬が入っていた。そして、ハルから水の入ったペットボトルを渡される。

 そして、二人は接近して、「きす」をした。それはしなければいけない行為のように思えた。二人とも抵抗はなかった。

 なぜだろう。



 シオンはベットの上、眼が覚める。いつも、覚えていない夢を見る。


 ハルもベットから、起きる。覚えていない、夢を思い出せない自分が悔しかった。思い出さなければいけないような気がした。


 シオンは学校に行くために走って、道を駆け抜ける。
 急がなければ、遅刻してしまう。
 電車の信号機が下りる。

「はぁ」

 シオンはため息をついた。
 この信号機は長いのだ。遅刻が確定した。



「はぁ」

 同じようなため息が、隣で聞こえる。
 さり気なく横を見る。
 僕と同様、隈が酷い長い髪の、女の子が立っていた。

 女の子の、奥二重の目が、二重の僕と重なる。

『どこかで見たことがある』



 二人はそう思った。
 突風が吹く。首に傷がある。


 Yシャツを捲くる部分、手首には、傷の痕がある。
 まるで、どこかで見たような風景だ。

「初めまして」

 僕は、何故かすんなり話しかけることが、できた。

「・・初めまして」

 シオンは嬉しいという、不思議な感情に困惑していた。

『良かったら、お茶しませんか?』

 同時に言った。


 忘却は、人を、包む。



続く…↓

[3]





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