絶望の歌








絶望の歌を歌おう。

誰からも愛されない歌を。

歌が僕を愛しても。

ぱらぱらと言葉にして、歌を歌おう。


愛されない歌。

愛せない歌。

愛した歌。

歌は複雑に、ぎこちなく蠢く。

歌を捧げている。

景色でも誰かにでもない。

私でもない。



 不思議なことが起きた。
 いつか、私に歌は話しかける。

『どうして歌うの』

「歌いたいの」

『歌うと貴方に傷が付くよ。だから歌わないで』

 絶望の歌の言った通りだった。

 一日ごとに私の身体は痛んでいた。最初は擦り傷からはじまり、切り傷になり、ついには指の一本が折れた。痛みは、感じていた。

 それでも歌を歌っていた。

 灰色の風景。
 人々は急ぎ足で歩いている。ゴミ捨場の隣で私は歌い続けていた。
 ぼき。右足が折れた。

『もうやめなよ。死んじゃうよ』

「嫌。やめない」

『誰にも歌われてはいけない歌なの。だから、歌わないでよ』

 九十度に折れ曲がった右足を見た。
 血が止まって赤くなっていく。
 痛みで、口が震える。目の焦点が合わない。
 傷つくペースが加速しているということが自然に解かった。
 歌う。

 異形な私は歌う。

   座り込んでも歌う。

 歌い続ける。

 そんな私に、人々の足は速度が落ちた。

『死にたいの?』

「絶望の歌が何を言っているの。一人の人間もね、絶望しないなら、貴方は絶望の歌じゃないの。ただの歌なの」

『貴方は絶望していないの?そんな身体になってまで、歌って』

「絶望するくらいなら、歌っていないわ」

 ぼきぼきぼき。

 耳で音が鳴った。肩までの腕が折れた。

 まるで、このセリフを待っていたかのように。

『ほら。貴方はもうすぐ死ぬ』

「私が惨めになればなるほど、人は私を見なくなるわ。それに・・」

 口があれば、歌える。


 音楽学校の恩師が言った言葉が頭を過ぎった。

「この国は誰もが何かに操られたように急いでいる。その人達がいつも急いでられるのは、歌があるからだ。この国にとって、歌は人の盾になる。だから、国民は心に盾を背負い、早く歩くんだ。いいかい?どんな歌であれ、盾になれるんだ。絶望する歌なんてないんだ。口があれば歌えるだろ?」

『人が集まり出した』

「え」

『貴方を見ている』

「私は、歌を歌うわ。口さえあれば、歌える」

『・・・・・』

 引きつった顔で、引きつった声で、骨をごきごきと鳴らしながら、歌を歌い始めた。
 皆が私を観ている。同情でも、何でもいい。私を観ている。
 耳が落ちた。鼻が落ちた。左手が溶け出した。
 口は、動き続ける。
 足を止めた一人が言った。

「う」

 額を抑えて倒れる。
 次の瞬間、目が爆発した。脳が綺麗に飛び散るほどの爆発だった。そして、それは次々と、足を止めている人間に襲った。
 目の爆発が次々と起こる。

「・・え」

 絶望の歌の正体は、人を殺す呪文だった。

 私は絶望の歌を、歌として同情していた。歌なのに、人々に愛されないなんて可哀相だ。人々の前で、せめて私が歌ってあげようと。
 本物を観る目。間違えたのだ。

 人々が爆破していく中で、私の骨も折れていった。

『ほら』

「騙したわね」

『貴方が勘違いしたの』

 そして、顎の骨も折れた。
 歌えなくなった。

 人々がとめどなく次々に倒れる。

 私は絶望した。



 幼い日の記憶が見えた。

 倒れている男の目の前にはネコがいた。
 そのネコを持ち帰って世話をした。
 ネコはいつも同じ位置にいた。
 そして、いつしかネコはいなくなった。
 その場所には楽譜があった。
 私は歌を手に入れたのだ。



 小さな少年が私を抱き寄せた。

 私の後ろには、私が死んでいる。

 黒い毛並みをしたネコに変わっていた。



 少年は私を抱きかかえ、家に帰る。

 崩れ落ちた人間の私はゴミ捨場に寝かされている。








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