少年と少女のプログラミング






 少年は、『天使になった男』という本の題名をコンビニで見ていた。
 少女と待ち合わせをしている最中、その本の題名に目がいった。
 少年は思う。

 なんで普通に「死んだ男」と書かないのだろう・・・。
 確かにそんな題名だったら本は売れないか。
 だからって、『天使になった』って大げさだろ。

 そう。
 少年は世の中を不服に思う。



   時計を見た。


 待ち合わせの時間だ。
 パンクロック風でサングラス、全身黒色の服装で決め込んだ少年は待合場所の駅に向う。行きかう人はが自分に振り向く。

 辺りは夜なので暗く、少年の視界にはネオンの光が著しく明るくみえた。それに、少年はサングラスをしているのでその光さえ陳腐に見えた。

 待ち合わせの夜9時。

 少年は駅の近くのベンチで座っていた。近くには小さな噴水があり、夜空に反射して黒い水を流していた。少年はそれをただじっと見ていた。現実なんて、水の流れのように流れるだけだ。

 待ち合わせの時間になっても、少女は現れない。

 少年は携帯電話を取り出し、メールを打った。

<みつかりましたか?>、と。

<見つかりません>、とすぐに返答がきた。

 黒い水の流れに注目していた少年は、駅に目を向ける。
 きょろきょろ、とした、少女。
 明らかに待ち合わせの人物だった。
 少年は、きょろきょろした少女を少し観ていたが、きょろきょろしているだけで、その少女が目を回して倒れてしまうのではないかと心配にさえ思った。

 そして、少年は少女に近づいた。

「夜からの使者です」とサングラスを外しながら少年は言った。

 前もって用意していた言葉を、ぎこちなく述べる。

「こんばんは」と彼女。

 少年の言葉は、風が過ぎ去るように交わされた。

 しばらく立ち話した。一般世間がしないような会話を。少年にその会話に終わりがないことを悟った。

「ベンチに座りません」少年は言った。

「はい」彼女も素直に応じた。

 ベンチに座ったとき、少年は腰に冬の到来を感じされる冷たい椅子を味わった。虚しく、謙虚に、風が吹く。
 落ち葉が、ひらりと落ちる。

「さっきの話の続きですけれど・・」落ち葉が落ちると同時に少年は話だした。

「TVをどうして観ないのですか?」彼女に聞いてみた。

「TVを観ていると吐きそうになるんです。だから、芸能人とか全然わかりませんよ」

「あなたはどうして見ないんですか?」

「ドラマとか観ていると、途中にCMがあるじゃないですか。あれを観ると気分が悪くなるんです」

 秋の夜は寒いと、少年は思った。
 特に肩やら、見えるような服装をしていたので、風が少年を筒抜ける。風は自分を抜けて少女にあたるのではないかと思った。

「で、ですね。プログラミングされた世界が存在しているとしたら・・」

 少女は熱心に話していた。
 ふと少年は思った。そのときの少女の唇が尖っていた。まるでアヒルのようだった。
 もちろん話の内容にも興味はあった。

「プログラミングですか・・」

 少年は少女の唇を人差し指で押した。えい、という気持ちで。
 少女は戸惑っていた。その姿が、可愛らしいと少年は感じていた。

「今、僕がした行為もプロムラミングされているんですね」

「この人の流れも、ここに落ちている落ち葉も、こう話していることさえ」

 少女は微笑みながら、はい、といった。
 俯きながら、はい、と言ったときの唇の尖り具合に少年は心を打たれた。
 少年は、自分の唇でこの唇の感触を感じたいと思った。世の中ではこのような行為を、キスというらしい。

 どんな感じなんだろう。

 やはり、柔らかいのか。それとも、意外に固いのか。
 確かめたくなったこと、事実はそこに確実に存在していた。

 夜の世界は自分の欲を曝け出す。これさえプログラミングされた世界なのか。

 少女と一通り話し終え、帰ると言い出したとき少年は閃いた。
 誰かにプログラミングされた世界なら、強制的なことさえ、その主によって、可能になるのではないか?


帰り際のさいに、「それでは、また」と少女が言った。

「キスしてもいいですか?」と少年は無理な願いを少女に言った。

「駄目です」

 当たり前だ。彼女には結婚前提の恋人がいる。それに、少年は事前に少女に聞いていた。




「浮気はどこからですか?」

「キスからです」

 ふ。
 もしこの世の中がプログラミングされているのなら、それを取り扱っている主は、頑固な人だかな。たまには、操作ミスでもしていいと思うけど・・。

 少年はそう思った。 そう思いたかったのだ。



 少年は、そのときコンビ二で読んだ『天使になった男』という本を思い出した。
 『天使になった男』は死んだのではなく、別の意味で天使になったのではないか。
 例えば、さっきのキスを承諾されたとき、少年は『天使になった男』になれたのではないか。



 少年は、固定概念を少女によって壊された。
 プログラミングしている主は、キスで『天使になった男』になるより、少年の固定概念を壊したかったのだ。
 不服に思う世界への、満足感を同時に手にいれた。



 秋の落ち葉は自然現象なのか、プログラミングなのかしらないが、寒い風により、今も落ち続けている。





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