無気力な人間達[5]







 私は自殺がしたい。
 私は生きたくない。
 何も変わらない。

 今日も昨日も明日も同じ日々が続いていく、それだけ。

 普通の女子高生には飽きて、なってみたら自殺願望の女の子。
 この前、一人の人間が飛び降りるところを観た。あれが「死」なんだ。
 ただ呆然と向かい側のビルを見ていたら、お爺さんが出てきた。私はずっとお爺さんを観ていた。
 お爺さんは痩せていて、よろよろと歩いていた。服装は、いかにも汚らしい格好だった。きっとホームレスなのだろうと、勝手に推測した。

 しだいに、屋上のフェンスに近づいていく。よろよろと歩く姿は、お爺さんの意思があったように思う。必死に歩いていた。私はその人間から目が離せなくなった。


 そのときに私は、お爺さんは私たちと同様にビルから下界の景色を見下ろすのだと考えた。冷たい風が吹く。私を通り抜け、お爺さんにその風は当たったのだろうか。

 そして、私の考えは、間違っていたのだと考えた。

 次の瞬間、その人間はフェンスに手を書け、跨いだ。

 私は、次の行動に予測がついた。
 嗚呼、叫ばなくてはいけない、同じ屋上にいる後ろの人間にも。それとも、飛び降りようとする人間にも。
 頭の中がパニックになっている、私は何をしたらいいのか、それが解からない。でも、助けなければならないことは、事実だ。


 屋上の人間に声をかけようとする。

 

「何をしているのですか?」、と。

 それを言う前に、フェンスを越えた人間は私を観た。目が合った。

   嗚呼、そうなんだ。

 目を見た瞬間に、何かに納得して、声をかけられなかった。少しその人間は笑ったようにも思える。すべてに納得している。今から、する行動すら。お爺さんにとって、満足なのだ。

 なんと考えていたのだろう。

 やっと人生が終わるとか、自分は鳥になれるとか、落ちる喜びを感じたのかもしれない。

 ただ、私が出した言葉は

「あ」

だった。
「あ」の間に人間は飛んだ。

 不覚にも、綺麗だと感じた。人間が空を飛ぶなんてことなんて考えたことがなかった。その人間は最初は大の字だったが、大勢を崩し、頭から落下する形になった。

 その、いたたまれなさが、少し嬉しかった。

 あのまま綺麗に飛んでいたら、少し悔しいと感じただろう。何故だかは解からない。人間の本能だろう。

 人間の不幸を誰だって楽しむ。


   そして、風船が破裂したような大きな音が、鳴る。



 あの光景を観てから、私は変わった。

 空を飛びたいと考えるようになった。もしかすると、空を飛んだ人間も、誰かの落ちるさまを観て、空を飛びたくなったのではないのだろうか。
 人間なんてリンクを繰り返して、自分の場所に戻ってくる。

 しかし、自殺はどうだろう。
 確かにリンクの形はあるが、観た人間がバトンを受け取るような行為をするのだろうか・・・。
 自殺という選択肢を選ぶ人間は少ないだろう。

「で、さっきから、何を考えてるんだい」

   彼は言った。なんとなく彼には全て悟られている気がした。私の考えを。

「自殺したいの?これ、二回目の質問だよ」

   彼は猫のように背伸びをして言った。

「・・・・」と私。

「知っている?言葉は話さないと伝わらない。心が繋がるなんて嘘だ」    彼はシーチキンおにぎりを食べながら、言った。

「私、自殺したい」

 私は勇気を振り絞って言ってみた。どことなく、この人には何でも話せる気がした。

「どうしてかな?」

 彼はクリームプリンを食べながら言った。食べる速度が早すぎる。体に危険ではないだろうか・・。

「私は生きていても、特にしたいことがない」

「それで?」

 彼はチャクチャクと口でプリンを踊らせる。

「だから死ぬの?」

 踊るプリンが私に答えたように感じた。

「それじゃあ、死んだらやりたいことがあるんだ」

 さっきまで彼の口の中のあったプリンは消えた。そして新しい部分のプリンが口に入る。そしてチャクチャクと私に問う。

「そういうわけじゃないけれど」

「死ぬって、そういうことだよ」

 プリンをスプーンでかき回している。なんともいえない光景だ。
 彼は不敵な笑みを浮かべて言った。

「死んだあとに希望があるから、みんな自殺するんだ。つまり、この世に希望がない、それだけで」

 スプーンでかき回す行為が止まった。

 

「君は、死にたいという自分に酔っているだけだ。本当は自分は必死に生きたいだけなんだ。ただ、生き方がわからない。それだけだろう?」

 そう。だから、私は今、ここにいるのだ。被害者ぶっているなだろう。
 この学園の屋上に。
 私は酔っていたのか。自分が描いていた理想と現実の狭間についていけなかっただけで、自分が被害者と思い込んでいたのだだろう。

 彼の言うとおりだ。私は勘違いしていたと考えるのが自然だった。

「観てごらん」

 彼は私を呼び寄せた。

 彼は指を指す。

『どうやって生きたらいいんですか』と通りすがる人間に訴えている人間がいた。

「僕らはあいつの、同士だ。生き方を探している」

「・・・・同士か。いつか、答えが見つかるかな」

 私は心が弾んだ。

「さぁ。無気力な人間にする質問じゃないよ」

 彼は自殺をした人間のように笑った。
 何かを悟ったような、納得したような笑顔、私はけして忘れない。あのお爺さんを。

 私は、ニコリと微笑みながら彼を見た。


 心は通じるじゃん、私は思った。