白いテーブルの上には入れたばかりの熱いコーヒーが置かれている。
「音?」と彼。
「そう。音を答えるの」と私。
「人が歩く音」
「トコトコ」
コーヒーの湯気は揺れはじめる。「風に当る木の音」
「ガサガサ」
12月のベランダに、冬の風が吹いた。寒い。コーヒーの湯気が静かに消える。「太陽が沈む音」
「スー」
あと一時間もたったら太陽は沈むだろう。落ちかけた赤い太陽は空をきれいに染めてい る。コーヒーの湯気もオレンジ色に染められた。
「トラックが通り過ぎる音」
「ゴー」
私の家は丈夫ではない。このような大型トラックが通ると、ガタガタ、ほら揺れた。 コーヒーの湯気は静かに踊る。オレンジ色の衣服をまとった湯気は美しい‥。私の目線が コーヒーの湯気に移ったら、寒い風が吹いた。湯気は照れている。「砂糖が落ちる音」
「サラサラ」
私は彼に砂糖を渡した。彼は細長い砂糖の紙袋を両手で破る。ジジ、と一瞬だけ音が鳴っ た。コーヒーに砂糖を入れる。砂糖の一粒一粒が、浸透していく。紙と砂糖が擦れる音しか聞 こえず、コーヒーの中に無音が鳴る。
コーヒーの見た目は変わらない。中身だけ変わった。
「牛乳をコップに入れる音」
「コポコポ」
私はミルクを渡した。小さな容器に入れられたミルク。彼はフタを両手であけた。そして コーヒーにとろりと入れていく。容器のミルクの最後の一滴が落ちる。ポチャ、と小さく 音が鳴る。ミルクの叫び声。コーヒーの声。じわじわ色が変わっていく。黒と茶色に分かれている。着物をまとった湯気は変わらず揺 れている。風が吹く。消えた。
「銀属が落ちた音」
「ガチャン」
銀属のスプーンを差し出した。彼はコップの中央に垂直にスプーンを入れた。銀属のスプーンは一瞬で湯気に包まれた。丁寧に回す。湯気が藻掻いているのか、華麗な ステップをしているのか疑問だに思った。
黒と茶色はゆっくり一つの色となっていく。コップの底辺に残っていた砂糖は、スプーン に擽られジャラジャラと笑っている。
太陽が沈みオレンジ色の湯気が白色に戻った。
「私の音」
「……」
彼は考えていた。コーヒーに手を掛ける。コップが唇に触れる。
ゴクン。彼の喉の音が鳴った。
「甘いよ」
「当たり」と私。
三日前、彼に私は告白されていた。私は彼に一切興味が無かった。テーブルに出したコーヒーには砂糖はすでに入っていた。
ベランダから彼の一人で帰る背中を見ていたら、コーヒーに溶ける砂糖を思い出した。